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Eps.3 神さまの子供たち


(エペソ人への手紙からのメッセージ第三回。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)

私たちは罪深いんだけれども、そのような恵みをいただけます。それはイエス・キリストさまの故に、神さまを神さまとしているが故に、です。そうやって神さまの恵みを受けた人をクリスチャンといいます。主なる神さまを神さまとしている人がクリスチャンなんですね。

そんなのクリスチャンと言われていない人だって当てはまるんじゃないか、クリスチャンじゃなくてもそんな人たくさんいる、とおっしゃる人もいるかもしれませんから言っておきますが、違います。クリスチャンじゃない人はやっぱりクリスチャンじゃないのです。子供さんの中で、お父さんをお父さんとしない子、いるでしょう。お母さんをお母さんと呼ばない子もいますね。

だれでも、父を父とし、母を母とする子は、たとえ不完全なものであっても、父親にとって、また母親にとって、いい子なんです。

聖書の中にありますように、私たちは本来それにふさわしくないんだけれど、でもイエス・キリストさまの故に、私たちは神の子となっています。聖く、傷のない者となっています。そればかりじゃなくて、最初に読んだ聖書の個所によりますならば、「私たちの内に働く御力によって」すなわち聖霊(せいれい)さまによって、「わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえて」いただけるのです。それが恵みなのです。

「うそだ。そんなことあるはずない。本当なんですか」そんな声が聞こえてきますね。本当なんです。私は、私の信仰生活の中で、そのような経験をたくさんさせていただきました。思ったこと、求めたことを「はるかに超えて」叶えていただきました。それは、「願い事が叶った」というだけのものではございません。「私はこうありたい」ということが実現するだけではなく、それ以上の、プラスアルファーをいただく経験でございました。

(つづく)

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