February 23, 2018

(「教会の使命」エゼキエル書からのメッセージ第七回。本文は藤巻先生の著書「聖書は語る」より書き起こしています。)

世界に向かって教会の生きた水、生かす水、実を結ばせる水が流れて行くのです。それが家庭であれ職場であれ、どんな職域であったとしても、それが流れ出て行く所、それは人々を生かし、人々に実を結ばせていくのです。

この「生ける水」というのは、聖霊のことを指しています。ヨハネによる福音書七章三十七節から三十九節を見ましょ...

February 17, 2018

(「教会の使命」エゼキエル書からのメッセージ第六回。本文は藤巻先生の著書「聖書は語る」より書き起こしています。)

アーネスト・キルボルンは電信技士であり、普通の信徒でした。チャールズ・カウマンもただの信徒でした。また、中田重治は神学校も卒業できませんでした。柔道ばかりしていたと言われています。でも、そのような人を神は用いられました。彼らは、東京神田に『東洋宣教会』という看板を掲げて伝道を開始しました。「東洋に伝道するの...

February 10, 2018

(「教会の使命」エゼキエル書からのメッセージ第五回。本文は藤巻先生の著書「聖書は語る」より書き起こしています。)

神のために役立つような人間が何からできたかといいますならば、「枯れた骨」からできたというのです。いわゆる優秀で、エリートで、すばらしい人間が神の軍隊になったのではありません。私たちは、しばしばそう思います。「いや、あの人は元々こうだったから」。「生まれがこうだから」。「両親がこうだから」、「教育が…」と言い...

February 7, 2018

(「教会の使命」エゼキエル書からのメッセージ第四回。本文は藤巻先生の著書「聖書は語る」より書き起こしています。)

救いが自分の中だけで止まっていますならば、それは個人プレイに過ぎません。どんなにすばらしい経験でも、その人だけのことに過ぎません。エゼキエルは神から預言者として立てられ、語るべきメッセージを与えられて霊・肉ともに救い出されたときに、先ほど読んでいただきました幻を見て、預言したのでした。

三十七章一節、「主の手...

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+ ホームページのタイトル「何もかもすばらしい」はマルコによる福音書7章37節からの引用です +

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